2005年10月01日

シュリーマン旅行記 清国・日本

今日の感想文は、ハインリッヒ・シュリーマン著、石井和子訳の「シュリーマン旅行記 清国・日本」。1991年に発刊された同書の文庫版(1998年)です。

このシュリーマン(Wikipedia)という人物はトロイア遺跡を発掘したことで有名ですが、この本はトロイア遺跡発掘作業に着手する6年前、すべての経済活動を停止して諸国漫遊の旅を楽しんでいた時の、清と日本での滞在記になります。
上海から北京へ赴いて万里の長城へ、その後また上海を経由して横浜・江戸へ至った、1865年5月3日から9月2日までの記録は、世界史や日本史の授業で習うことのできない当時の生活風俗を客観的な視点から、しかもかなり具体的に詳細を知ることができ、とても楽しめました。


まず清の上海、北京の様子ですが、とにかくシュリーマンは旅程で疲れた、住民や住居が不潔だ、野蛮だ、と愚痴をこぼしてばかりです。そんな中でも、詳細かつ具体的な筆致は鈍ることなく、貨幣について、宗教について、葬儀について、結婚について、纏足の風習についてなどなど克明につづっています。
シュリーマンが唯一誉めた点は、建造物に関することだけです。北京の城郭、紫禁城などは古代の建造物が今に残る非常に希有な例としていて、特に万里の長城に関しては絶賛といっていいほど。しかし、万里の長城をダシにして支那をくさすのも忘れてはいません(笑)。

長城がかつて人間の手が気づき上げたもっとも偉大な建造物だということは異論の余地がない。が、いまやこの大建造物は、過去の栄華の墓石といったほうがいいかもしれない。長城は、それが駆け抜けていく深い谷の底から、また、それが横切っていく雲の只中から、シナ帝国を現在の堕落と衰微までおとしめた政治腐敗と士気喪失に対して、沈黙のうちに抗議をしているのだ。(49ページ)

と、当時の状況を見れば当然の感想だと思いますが、この時期にここまで清を衰退させたのは他ならぬヨーロッパの列強によるアヘン戦争、アロー戦争だったことをまったく述べていないあたりはどうかと。1865年というと、アロー戦争で北京が占領されて数々の破壊行為が行われてから5年後ですから、そのあたりを割り引いてもバチは当たらないと思うのですが。

しかし、箸を使えないので食事に難儀して、美味なのに食事をするたび愚痴をこぼすシュリーマンは面白かった(笑)。

その後、一旦上海を経由して、シュリーマンは横浜に上陸します。
まず印象に残ったであろう、富士山とちょんまげ(笑)に関してこれまた詳細に記しています。そして、日本人の人夫や役人が料金をふっかけたり賄賂を拒絶することにとても驚いています。清やおそらく他の国ではそれが当たり前なので逆に面食らったのでしょう。

日本人の習慣にも数多くの記述があります。
家族全員、畳の上で食事。献立や食器についても細かく書いてあります。が、読んでいると結構位の高い武士のことが書いてあるような感じです。で、もちろんここでも箸について触れていますが、清でのそれとは違い絶賛しています。

めいめい椀を手に取り、日本の箸でご飯と魚をその小さな椀に盛り付けて、器用に箸を使って、われわれの銀のフォークやナイフ、スプーンではとても真似のできないほどすばやく、しかも優雅に食べる。(82ページ)

なんだか誉めすぎのような気がしますが(笑)。

あとは寝具、とくに枕と髪型については詳しく、その他にも正座のこと、住居や家具についてや、服装、履物についても事細かに述べています。
そして日本が非常に清潔な国、国民であると断定しています。常に掃除の行き届いた小砂利で舗装された街道、公衆浴場のことや花壇がおいてある小道があちこちにある、などなど。清のみならずヨーロッパと比べてもかなり清潔だったとのこと。地方ではどうだったかはわかりませんが、当時日本の大都市がかなり綺麗な街だったことをうかがわせます。

横浜で将軍家茂の上洛を見届けた後、シュリーマンは攘夷吹き荒れる江戸へ入ります。当時、攘夷運動の高まりで外国人が襲われる事件が数多く、ほとんどの外国人が江戸を離れ、もはや江戸に残る外国人は米国全権大使ポートマンくらい。そんな状況で、役人でもなく政府の後ろ盾もないシュリーマンが江戸に入ったということだけでも驚きで、しかもそれが興味本位だというのだから感心するしかありません。その上、護衛の武士5人を引き連れて連日江戸中を見学しまくるのですから……ものすごいバイタリティというか楽観主義者というか。

江戸の様子として、江戸の町並み、江戸城、大名屋敷などなど、その風情と詳細な説明がされています。猫のしっぽが1インチしかないとか、犬が吠えかかってこないで道の真ん中で寝そべっていたりとか、シュリーマンを見つけた町人が「唐人!唐人!」と声を上げたり(笑)。ちなみに大政奉還が行われたのが1867年ですから、まさに幕末という激動の時代だったはずですが、江戸やその周辺はのんびりとした空気が主だったことがわかります。
しかし、日本人が今も昔も変わらないところは、外国人を見かけると「外人だ」と言ったりするあたりでしょうか(笑)。

そして最後に、シュリーマンが体験したことを日本文明論としてまとめています。その中で、
日本人はきわめて文明化されていると答えられるだろう。なぜなら日本人は、工芸品において蒸気機関を使わずに達することのできる最高の完成度に達しているからである。それに教育はヨーロッパの文明国家以上にも行き渡っている。(167ページ)

と評しています。このあと日本が、文明開化を経て短期間で西洋列強国と肩を並べるほどの国になったのはこういった背景があったのだと再確認できました。
しかしながら、幕府の西洋とは違った商習慣には苦言を呈しています。要は、通貨の交換レートが江戸湾内にいる一部の人とその他とでは3倍も違っているという点です。が、これは今の贈賄事件などを見れば分かるように、日本人の場合は親しい間柄であればあるほど賄賂が通用しやすく、またより上位の人間からの命令であれば、それが例え法律や習慣に反することでもあまり躊躇なく行ってしまうという民族性からでしょう。まあ、このあたり今も昔も変わりませんね。


日本人って昔から日本人なんだなー、と再確認させてくれる本でした。
日本史、とくに幕末に興味のある方は是非読んでみて下さい。当時の空気が伝わってきて、とても面白く、ためになると思います。
posted by plop at 15:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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